プロフィール

1997年、電通入社。
3年間のマーケティング局勤務ののち、
コピーライターに。
食品、通信、自動車、化粧品、メディアなど、
多様な業界の商品・企業ブランディングに携わる。

代表的な仕事は

日本って、おじさんとおばさんの国なんだ。
(ツーカー)

言葉には、意味がある。
(広辞苑第六版)

いつやるか?今でしょ!
(東進ハイスクール)

など。

TCCグランプリ、朝日広告賞、
グッドデザイン賞など受賞多数。
NPOの広報力を支援する電通の社会貢献活動
「伝えるコツ」の講師もつとめる。

2018年、ビジネスデザイン部門に異動。
広告に限らず、企業トップの情報発信サポートや、
新規事業開発、企業・組織・事業の
パーパス策定などに数多く携わる。
経営者のメッセージ開発や発信を支援する
社内横断組織「電通メッセージング・パートナーズ」
を立ち上げ、初代代表に。

2024年6月、電通を退社。
同年7月「福井秀明事務所」を設立。

東京都江東区在住。
趣味はダイビング。
facebookはこちら
ブログもあります

 

サービス・料金

大企業様から中小企業様、非営利団体様まで。
広告・映像制作からコピー・ネーミング開発、
ウェブサイトの構造・情報整理、
スピーチライティングまで。
仕事の規模、予算の規模に関わらず、
資産価値のある言葉づくりを核に、
様々な領域でお力になります。

料金は、内容・ご予算に応じて
柔軟に対応させていただきます。
まずはご相談ください。
初回相談無料です。

 

代表挨拶

はじめまして。福井秀明です。

このウェブサイトにお越しいただき、
ありがとうございます。
なぜ電通を退社したのか。
独立して何をしたかったのか。
私の考えをお伝えできればと思い、書きました。
少し長くなりますが、お読みいただけますと幸いです。

 

電通にいてはできなかったことを。

電通時代は、電通の看板のおかげで、
大企業のお役に立つ仕事ができました。
それが夢で電通に入り、
大きなやりがいを感じてやってきましたが、
贅沢なもので、それだけでいいのかと
自問自答することが増えてきました。

困っている大企業は多いが、
中小企業や非営利団体も同じように困っている。
でも電通の人間として仕事をしている以上、
お役に立てるのは大企業に限定されてしまう。
企業の大きさではなく、報酬の多さではなく、
「困っている会社・困っている人」に
自分の技術を提供する機会を増やしていけたら。

困っている人が、
いつでも相談に来られる存在であること。
困っていることの原因を特定して解決策を出せること。
たとえすぐに解決できなかったとしても、
自分と関わることで、
困っている人が少し安心してくれるような、
そんな存在になれたらと思い、
電通を辞めて独立しました。
イメージは町のお医者さんです。

 

For patient

記憶が定かではないのですが、20代の頃の話です。
土曜日の午後だったような気がします。
悪寒がして体温を測ると39℃を超えていました。
携帯電話が普及し始めていた頃ですが
僕はまだ持っていませんでした。
一人暮らしの家に固定電話はありましたが、
タウンページは捨ててしまっていました。
つまり病院に電話する術がない状況。

厚着をして家を出た僕は、近所の
「たしかあそこに病院があったはず」
の場所を巡りました。
病院はいくつかありましたが、
ことごとく閉まっていました。
土曜の午後だし、ダメか。
薬局でドリンク剤でも買って帰るかと
あきらめかけた時、その病院がありました。

「本日の診療は終了」と札がかかっていますが、
電気が点いています。
まだ人がいる。
ダメもとで呼び鈴を鳴らすと人が出てきました。
「熱が39℃を超えてまして…」
「いいですよ。入ってください」
おそらく看護師さんだと思うのですが、
案内されて診察室へ。
中にいる先生に状況を説明してくれました。
そこでのやり取りは覚えていませんが、
僕は事なきを得たのでした。

ひとつだけハッキリ覚えていることがあります。
帰り際に先生に
「診ていただきありがとうございました」
とお礼をしたら、
全然いいんですよーみたいな感じで。
その時、なんの気なしに、
先生のデスクの棚に目をやると、
名刺くらいの大きさの紙がピンで止められていました。
そこには「For patient」と書いてありました。
あのお医者さんのような存在になりたい。
そんな気持ちが、いつも心の片隅にあります。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
あなたのビジネスが、良い方向に向かいますように。